納品前夜

音声のノイズ除去は録りで8割決まる。種類別の対処と、消しすぎない後処理の考え方

音声のノイズ除去は後処理だけでは終わりません。ヒスノイズや空調音などノイズの種類別の対処、録音時の予防、ノイズリダクションとゲートの使い分け、消しすぎの副作用まで、動画編集の実務として整理しました。

目次
  1. 01 ノイズ除去をかけたら、声まで変になった
  2. 02 まず、ノイズを四つに分ける
  3. 03 録る段階でノイズを減らす
  4. 04 残ったノイズを、後処理で減らす
  5. 05 消しすぎのサインを知る
  6. 06 どうにもならない音と、どう折り合うか

ノイズ除去をかけたら、声まで変になった

編集ソフトのノイズ除去を強めにかけると、サーッという音は確かに消えます。そのかわり、声がこもって、水の中でしゃべっているような音になります。動画の音声を触ったことがある人なら、一度は通る道だと思います。

ノイズ除去という言葉は、混ざったノイズをつまみ出して捨てる処理を想像させます。実際に起きていることは違います。声とノイズは同じ波形の中で完全に混ざり合っていて、処理は「この成分はたぶんノイズだ」と推定して削っているだけです。推定なので、外れます。外れた分だけ、声が削られます。

だから、ノイズ除去の実務は編集ソフトの中だけでは完結しません。録る時点でノイズを減らしておけば、後処理は軽くかけるだけで済みます。録り音が悪ければ、どれだけ丁寧に処理しても「マシにする」のが上限です。録りで8割、後処理で2割。この配分で考えるのが、遠回りに見えて一番の近道です。

ヘッドホンをつけて音声波形を編集する人

まず、ノイズを四つに分ける

対処はノイズの種類で決まります。ぜんぶまとめて「ノイズ」と呼んでいるうちは、対策も闇雲になります。現場でよく出会うのは、次の四つです。

ずっと鳴っている音(ヒスノイズとハム)

ヒスノイズは、サーッという砂嵐のような音です。マイクやレコーダーの電気回路そのものが出す音で、完全にゼロにはできません。録れた声が小さいときに、相対的に目立ちます。

ハムノイズは、ブーンという低い唸りです。電源やケーブルのまわりで発生することが多く、配線や接続を見直すと消えることがあります。

二つに共通するのは、始まりも終わりもなく、ずっと同じ調子で鳴っていることです。厄介そうに聞こえますが、後処理の世界では、この「一定さ」こそがいちばん御しやすい性質です。

場所が鳴っている音(空調と環境音)

エアコン、換気扇、冷蔵庫、パソコンのファン。録っている本人は、静かな部屋だと思っています。住み慣れた場所の音を、脳が聞こえなかったことにしてくれるからです。帰ってからヘッドホンで聞き返して、初めてエアコンの存在に気づきます。

屋外なら、車の走行音や人の声、そして風です。これらは一定に聞こえて、実は細かく揺らいでいます。車は近づいて遠ざかり、風は強まっては止みます。この揺らぎが、後処理を難しくします。

一瞬だけ鳴る音(突発音)

椅子のきしみ、机に何かが当たる音、スマホの通知、ドアの開け閉め。迷惑な音ですが、四つの中では一番扱いやすい相手です。波形を見れば場所を特定できるので、カットや別テイクへの差し替えで対処できることが多いからです。

口が出す音(リップノイズと吹かれ)

リップノイズは、口の中の水分が立てるピチャッ、クチャッという音です。マイクを口に近づけるほど拾いやすくなります。

息や風がマイクに直接当たると、ボフッという大きな音が録れます。パ行やバ行の破裂音で出るものはポップノイズ、屋外の風で出るものは吹かれと呼ばれます。これは電気の問題ではなく、空気がぶつかる物理の問題です。だから対策も物理でやることになります。

四つを分けたのは、効く手がそれぞれ違うからです。ヒスにはノイズリダクション、空調は元から止める、突発音はカット、吹かれは風防。逆に言えば、どのノイズにも効く万能の処理はありません。

録る段階でノイズを減らす

四つのうちどれが相手でも、最初の一手は編集室ではなく現場にあります。

マイクを口に近づける

ノイズ対策として一番効くのは、高価なマイクでも強力な後処理でもなく、いま持っているマイクを口に近づけることです。

部屋全体で鳴っているノイズは、マイクの位置を多少動かしても、録れる量がほとんど変わりません。一方、声はマイクが口に近いほど大きく録れます。つまり距離を詰めるだけで、声とノイズの比率(S/N比)が開きます。ノイズ自体は減っていないのに、ノイズが目立たなくなります。

カメラの内蔵マイクの音が使いにくい最大の理由も、マイクの性能ではなく距離です。カメラは被写体から数メートル離れていて、マイクもそこにあります。ピンマイクやガンマイクの価値は、音質そのものより「口の近くに置ける」ことにあります。

ただし、近づけすぎれば別の問題が出ます。息が直撃してポップノイズが増え、リップノイズも拾いやすくなります。指向性のあるマイクには、近づくほど低音が膨らむ性質もあります。「近いほど良い」ではなく、「破綻しない範囲でできるだけ近く」が目安です。

ピンマイクを胸元に着けてカメラの前で話す人

「小さめに録って後で上げる」の落とし穴

音割れが怖いので録音レベルを控えめにしておき、編集で音量を持ち上げる。一見安全な運用ですが、音量を上げるとき、声と一緒にノイズも持ち上がります。小さく録るほど持ち上げる量が増え、サーッが前に出てきます。

かといって大きすぎれば、音が割れます(クリップ)。割れた波形を後から自然に戻す方法は、実用上ほぼありません。落としどころは「割れない範囲で、できるだけ大きく」です。適正なレベルは機材と声量で変わるので、本番前に実際の声でテストして決めます。

録る前に、部屋を止める

収録前に一度、ヘッドホンで部屋の「無音」を聞いてみると、思っていたより部屋が鳴っていることに気づきます。エアコン、換気扇、パソコンのファン、時計の秒針。止められるものは、録っている間だけ止めます。

パソコンは可能なら収録場所から離し、スマホは機内モードにします。冷蔵庫のコンセントを抜くのはさすがに現実的ではないので、せめて冷蔵庫から一番遠い場所で録ります。窓の外がうるさい時間帯なら、収録の時間をずらすのも正当な対策です。

音を止めるのと合わせて、響きの少ない場所を選べるとさらに有利です。部屋の反響はノイズとはまた別の問題ですが、後処理で自然に減らすのはノイズ以上に難しい相手です。カーテンや布物の多い部屋は、それだけで録り音が落ち着きます。

風と息と口には、物理で対抗する

屋外の風には風防です。マイクに被せる、あのモフモフしたカバーです(スポンジ型もあります)。息の直撃には、マイクを口の真正面から少しずらすだけでも効果があります。ナレーション収録ならポップガードを挟みます。

物理対策の優先度が高いのには理由があります。強い吹かれの「ボフッ」は波形そのものが崩れていて、後処理で自然に消すのがかなり難しいからです。軽い吹かれならローカット(後述)で和らぐことがありますが、当てにできる保険ではありません。

リップノイズも、録る前の一手が効きます。収録前に水をひと口飲む、マイクの距離と角度を少し変えてみる。それでも残った分は、突発音と同じくカットで対処します。

屋外でファー付き風防を装着したマイク

録りながら、ヘッドホンで聞く

ここまでの対策が効いているかどうかは、その場で確かめられます。収録中、カメラやレコーダーにヘッドホンをつないで、マイクが拾っている音をそのまま聞くことです。自分の耳は部屋のノイズを無視してくれますが、マイクは律儀に全部拾います。その差を、録っている最中に知ることができます。

ノイズは、録り終わってから気づくのが一番高くつきます。現場で気づけば、エアコンを切るのも、マイクを近づけるのも、その場の10秒でできます。編集室で気づいたときには、打てる手はもう後処理しか残っていません。

撮影の最後に、10秒の静けさを録る

収録が終わったら、全員に黙ってもらって、その場の「無音」を10秒ほど録っておきます。これをルームトーンと呼びます。

ルームトーンは後処理で二度役に立ちます。一つは、ノイズリダクションに「これがこの場のノイズです」と教える手本として。もう一つは、カットでできた隙間を埋める素材としてです。隙間を完全な無音で埋めると、その瞬間だけ音が死んで、かえって編集点が目立ちます。

残ったノイズを、後処理で減らす

どれだけ準備しても、ノイズはゼロにはなりません。ここからが編集ソフトの出番です。道具は大きく三つあり、それぞれ効く相手が決まっています。

画面に表示された音声波形のクローズアップ

一定の音を差し引く、ノイズリダクション

多くの編集ソフトに入っているノイズリダクション(ノイズ除去機能)の基本的な仕組みは、ノイズの特徴を推定して、全体からその成分を差し引くというものです。

だから、ずっと同じ調子で鳴っている音には強く効きます。ヒスノイズ、ハム、一定した空調音。ノイズの分類のところで「一定な音は御しやすい」と書いた理由がここです。特徴が変わらないから、推定が当たり続けます。撮影の最後に録っておいたルームトーンは、この推定の手本としてここで役に立ちます。

逆に、揺らぐ環境音や人の話し声、突発音には効きがよくありません。ノイズの姿が刻々と変わると推定が外れ、外れた分だけ声が削られて、例の「水中の声」に近づいていきます。

かける強さの原則は一つだけです。「ノイズが完全に消える強さ」ではなく、「気にならなくなる強さ」で止めます。ノイズを少し残すのは、負けではありません。少し残したほうが、声は自然に保てます。

声のない時間を静かにする、ノイズゲート

ノイズゲートは、音量が一定の基準を下回った区間をミュートする仕組みです。しゃべっていない間のサーッは、これで消えます。

誤解しやすいのは、しゃべっている最中のノイズには何もしていないことです。声が鳴っている間、ゲートは開きっぱなしで、ノイズも一緒に通過しています。

それでも印象は変わります。声が鳴っている間のノイズは声に紛れて目立ちにくく、ノイズがいちばん耳につくのは静かな合間だからです。合間だけ静かにするゲートは、理屈の上では半分しか仕事をしていないのに、聞いた印象では十分に働きます。

副作用は、語尾や息が不自然に切れることです。言葉の終わりがブツッと途切れて聞こえたら、かけすぎのサインです。しゃべっていない間のキーボード音や生活音を抑える用途で、配信の現場でも定番の道具です。

帯域ごと削る、EQ

ノイズが特定の音域に偏っているなら、EQ(イコライザー)でその帯域だけを下げる手があります。

代表はローカット(ハイパスフィルター)です。声よりずっと低いところで鳴っている唸りや、マイクに触れたときのゴソゴソを、声への影響を抑えながら削れます。多くのマイクやレコーダーに最初からローカットのスイッチが付いているのは、それだけ定番の処理だからです。

ただし、EQで削れるのは、声とノイズの音域が離れている場合だけです。声と同じ音域に乗ったノイズを削れば、ノイズと一緒に声も痩せます。声と重なった音の分離は、EQの仕事ではありません。

三つの道具は、どれか一つで勝負をつけるものでもありません。ローカットで低域の唸りを整えてから、ノイズリダクションを軽くかける。一つの処理を強くかけるより、弱い処理に分担させるほうが、声への副作用を小さく抑えられます。

消しすぎのサインを知る

三つの道具に共通する失敗は、かけすぎです。そして、かけすぎたかどうかを判定する耳が、作業中はいちばん当てになりません。

水中の声と、ケロケロした声

ノイズリダクションのかけすぎは、だいたい二段階で進みます。まず高い成分が削られて、声がこもります。毛布越しに聞くような、水中のような音です。さらに進むと、シュワシュワ、キュルキュルという電子的な癖(アーティファクト)が声にまとわりつきます。いわゆる「ケロケロした声」です。

こうなった音に処理を重ねて直すことは、まずできません。処理を弱めて、やり直すだけです。元の録音さえ残っていれば、やり直しは何度でもききます。処理後の音だけを書き出して元を捨てる運用にしない限り、この失敗は取り返しがつきます。

完全な無音という、別の不自然

ノイズを追い込んでいくと、今度は「静かすぎる」問題が顔を出します。現実の空間は無音ではないので、話の合間が完全な無音になると、聞き手はかすかな違和感を覚えます。ルームトーンをわざわざ録っておくのは、この違和感を避けるためでもあります。目指すのは無音ではなく、「気にならない静けさ」です。

消し加減を、どこで判断するか

作業中の耳は、ノイズを探すモードに入っています。ノイズばかりが気になって、声の不自然さには鈍感になります。

だから、判断は耳のモードを切り替えてから行います。処理前と処理後を何度も聞き比べます。イヤホンだけでなく、スピーカーやスマホでも聞きます。できれば一晩置いて、翌日に聞き直します。翌日の耳では、昨日あれほど気になったノイズより、声のこもりのほうが気になることがよくあります。

もう一つ、作業する側だけが抱える事情があります。自分は同じ箇所を何十回も聞いていますが、視聴者が聞くのは一度きりです。何十回目の耳にだけ聞こえるノイズを追いかけ始めたら、切り上げどきです。

基準は「ノイズが聞こえないかどうか」ではなく、「声が自然に聞こえるかどうか」です。視聴者はノイズの有無を採点しているのではなく、話を聞いています。声さえ自然なら、多少のノイズは意識にのぼりません。

どうにもならない音と、どう折り合うか

後処理では分離できない音

声とノイズが同じ音域で、同じように揺らいでいる場合、後処理での分離は途端に難しくなります。声のすぐ後ろでずっと続いていた話し声や、声に食い込んだ強い吹かれがその典型です。声だけを取り出す技術も進化していますが、強くかければ声に処理の痕が残るという構図は変わりません。

ここで考えるべきは「どう消すか」ではなく、「この素材と何分付き合うか」です。30分の格闘で手に入る「マシな音」より、5分の録り直しで手に入る音のほうがきれいで、かかる時間も短くて済みます。撮影がまだ続いているなら、その場でもう1テイク録るのが最善です。編集段階で気づいたなら、音声だけ録り直して当てる方法もあります(口の動きに合わせる手間はかかります)。

隠す、切るという次善策

録り直せない素材には、逃げ道が二つあります。一つは、BGMや環境音を薄く敷いて、ノイズの存在感を下げること。もう一つは、ノイズのひどい箇所をカット編集で使わないことです。どちらもごまかしと言えばごまかしですが、実務では正当な選択肢です。消せない音と格闘し続けるより、隠すか切るかを早めに決めたほうが、作品は前に進みます。

次の収録が、一番のノイズ対策

最後に、冒頭の場面に戻ります。ノイズ除去ボタンを強く押し込みたくなるのは、録り音がボタンに頼らざるを得ない状態だからです。

次の収録では、順番を変えてみてください。ヘッドホンを持って行き、録る前に部屋の音を聞く。マイクをできるだけ口に近づける。割れない範囲でしっかりレベルを取る。風が吹くなら風防を着ける。終わったら、10秒だけルームトーンを録る。

ここまでやった素材なら、編集で必要なのは軽い仕上げだけです。音声のノイズ除去は、強くかける技術ではなく、軽くかけるだけで済む状態を録りで作る技術です。そう考えるようになった頃には、水中の声とはもう会わなくなっているはずです。